Steep Antarctica – 険しい南極へ

「もし今回のウルベンタナへの旅の感想を手短にまとめるならば、厳しい天候に見舞われ、おまけに時間があまりにも足りなかった。勇敢さには、やや欠けたものの、我々の友情は厚く、周りの景色はうっとりするほど素晴らしかった。で、まだ成し遂げていないことが2、3残っているっていう、っていうところかな」

4回目の南極への旅、そして、魅惑的な山脈、ウルベンタナ(狼の牙の意味)への3度目の旅を終えたノルウェー人のクライマー、Robert Caspersen は、このように語った。Caspersen, Ivar Tollefsen、そして、Trond Hilde からなる3名のチームは、運悪く4週間の旅程中、3週間も悪天候に見舞われた。悪天候に見舞われなかった週でさえ、絶え間なく吹きすさぶ、凍りつくような風が彼らを苦しめた。だが、思い返せば、南極までのルートであるケープタウンでも問題が起きた。彼らのチームが上陸するはすだった南極でのロシアの空軍基地、Novo が嵐に見舞われ、南アフリカの大都市で彼らは立ち往生してしまう事態になったのだ。

「その後、ようやく我々はNovo に到着し、次の日にウルベンタナに向かう飛行機に乗ったんだ」とCaspersen. 「いい感じだったよ。僕らは楽天的だったしね。ところが、ウルベンタナに到着する5分前に天候が悪化したんだ。視界には何も見えなかった。パイロットは、着陸が不可能だと言った。で、悪天候の中、またNovoに戻ったんだよ。Novoで僕らは1週間、嵐が止むのをじっと待っていた。これは、本当にストレスだったね。旅を開始して2週間経ったのに、まだ山に到着できていなかったんだから」

その後いきなり天候は好転した。クライミングチームは、飛行機に乗り込むと、ウルベンタナに向かって飛び立った。目的地に着く前に飛行機が山脈の周りを飛行した際、Caspersen は計画していた北東の尾根のルートをチェックした。下方のセクションは、彼が予想していたよりも雪が深かった。雪の下で岩の表面をつかむことは難しそうで、また、プロテクションの設置を考えると雪は弊害にしかならないと彼は思った。Caspersen は、 プロテクションのためのホールドと岩の裂け目を見つけるために、多大な時間をかけて雪を掻き分けなくてならないだろうと感じた。ともかく尾根の中腹は彼が考えていたよりもかなり長い距離のように見えた。しかも、高度になるほどにルートは険しくなってきているようだ。

「それでも、我々はルートの下方に道具を運び出し、登山を始めたんだ」とCaspersen。
「でも心の底では、どこか違和感があったんだ。本当のことを言えば、今回のプロジェクトは現実的ではないと思っていたんだよ。このレベルのクライミングに臨む準備がきっちりと整っていない気がしてた。途中で一夜を過ごさなければ、標高900メートルの尾根の中腹に辿り着けそうになかった。いや、僕にはあそこまで到達するには、3日間を要するように思えた。しかも、僕たちがテントを設置できそうな岩棚は見当たらなかった。それに、僕たちはポータレッジを持っていなかったんだ」

2ピッチ登った後、Caspersen はあきらめた。現状、このルートを登ることは無理だと判断したのだ。 Tollefsen と Hilde はこの決断を支持し、彼らはもっと現実的なプロジェクトに注力することにした。それは、ウルベンタナの尾根の南側を登ることだ。このプロジェクトも決して楽なクライミングではないが、このルートならばポータレッジなしでも実現が可能だと思われたのだ。スタート地点には、尾根の南側の広大な高原へ通じる350メートルにも及ぶ非常に険しい岩壁が立ちはだかっている。でもそこならテントを設置することは可能であるように思われた。そこからの尾根は、高い技術を要するものではなかったが、プロテクションの使用にちょっと難がある、長く、起伏の無い岩が多数連なっているのが問題だった。

「岩壁を登るのに2日間を要したよ」とCaspersen。 「僕らは、2011年にスイスチームが、そして、2009年にフランスのチームがこのルートを登った時に残して行ったすべてのアンカーポイントでボルトを見つけた。おかげで、より早く、快適にクライミングができたんだ。我々は、以前ここに来たチームのアンカーポイントでのボルトの使い方がよく理解できた。というのは、並び方がラペリングのラインに沿っていたし、それに岩の裂け目が大きかったので、とても大きいサイズのカムが必要だったんだと思う。でも、ピッチに沿った沢山のボルトは、必要ないように思われた。いずれにしても、とても危険で、そして、素晴らしいクライミングだった」

 彼らがユマールを使って、高原に辿り着き、登頂に備えるために小型のテントを設置した際、天候が悪化した。まず、小雪が舞い始め、風も出てきた。しかし、尾根では、登頂に臨むことができる状態だった。2人用のテントでとても窮屈な一夜を過ごした翌日、早朝に3人は出発した。間もなく、彼らは尾根の形状が予期していたよりも遥かに複雑なことがわかった。彼らはルートを誤り、8時間が経過したにも関わらず、未だ尾根の最も険しい場所に辿り着かずにいた。あまりにもペースが遅すぎた。加えて、足下の激しい寒さがこたえた。凍傷にかかってしまった指も2、3本あった。空一面が雲に覆われて、灰色だった。暖かい日差しは一切なく、身も凍るような風が吹きすさんでいた。頂上まで24〜36時間かけて、ノンストップで登ることはあまりいいアイディアではないように思われた。また、新たに嵐の到来を告げる予報もあり、24時間以内にさらに天候が悪化することを彼らは知っていた。 「心苦しい決断だったけど、僕たちはどう考えても引き返すことが良策だと考えた。で、ラペリングで下山していったんだ」とCaspersen。

翌朝、彼らがウルベンタナの麓のテントで目覚めた時、吹雪が襲った。4日間、彼らは寝袋にくるまって、吹雪が止むのを待った。5日目になっても、吹雪の勢いはなお激しく、クライミングに理想的な天候とはほど遠かった。この日、欲求不満を解消するために、彼らはまだ訪れたことのない他の山岳地帯に向けて35キロのスキートリップを決行した。その山岳地帯とは、Holtedahl Mountains の南部だった。
「あまり天候が思わしくなくても、多分、簡単な山なら登れると思ったんだ」とCaspersenは語る。

「そんなわけで、僕らはトライしてみたのさ。次の日に、Holtedahl Mountainの麓の新たなキャンプを出発して、スキーで40km下降し、簡単そうな山を6つ登ったんだ」。翌日は、そのシーズンで最良の天候だった。今回の旅行で、Caspersen、Tollefsen と Hilde は初めて強風や寒さに苦しむことなく、テントの外で過ごすことができた。目的を果たせなかったという苦い思いはあったものの、彼らはリラックスして過ごした。
「今回の遠征中、いつもこんなコンディションだったら、我々は手袋もロッククライミング用のシューズも使わずに、クライミングができただろうね。まるで、山の頂が我々を嘲笑っていたように感じたよ。それだけではなく、我々に新たに挑戦する気持ちも与えてくれた。僕たちは、広大な自然の中では、小さな意味のない存在で、母なる大地とそのパワーに対しては、あまりに無防備だという思いが残った。その後、Novo から衛星電話で連絡を受けた。間もなくシーズン中、最悪の嵐が襲ってくるという警告だったんだ。Novoは僕たちを一刻も早く飛行機でピックアップしたいとのことだった。いやぁ、何とも凄まじい休暇だったよ」とCaspersenは語った。

Norrøna Magazine