Narvik Backcity Riding

街を選べ、山を選べ、4月を選べ、
そして、ノルウェー、ナルヴィックを選べ!

1888年、ビョルンスティエルネ・ビョルンソンはノルウェーの文学界で最も偉大な4人のうちのひとりだった。1972年以前は、最もすばらしいモミアゲの男としても有名であった。彼は詩を書いていたが、それは、手のひらに書ききれてしまうほど短いものだった。たとえばこんな具合だ-「私は4月を選ぶ」。

彼は時代を先取りしていた。大きなマウンテンスキーを与えられたこのMr.モミアゲは、『Powder Magazine』特別版のほとんどの内容が彼のレポートではないかと思うほどに存在感を示していた。

ナルヴィックは単に小さな農園があるだけの場所だったのだが、1902年、初めてこの地で地方議会選が行われた。同じ年、スウェーデンのキルナの炭坑からナルヴィックまで鉄鉱を運ぶため、オーフォート鉄道が開通。ここまでで、読者は以下のことに気づいたのではないだろうか。すなわち、ナルヴィックは山に関連するものを人々に提供してきたのだと。

1903年、ビョルンソンはノーベル文学賞を受賞した。受賞時のスピーチで、彼はこう語った。「大切なことは、我々が生きていくために勇気を弱めず、強くすることだ」。

まったくその通りだと思う。

1957年、ナルヴィックにゴンドラが設置された。もう一度言おう、ゴンドラだ。第二次世界大戦中、ナルヴィックには酷い出来事がたくさん起きた。ビョルンソン曰く、生きていくための勇気を出す必要があったのだ。それでは、ストーリーの核心に迫っていこう。

ゴンドラ

スカンジナビア人なら名前だけ聞くと、子牛のカツレツ、おいしいエスプレッソ、手巻き煙草を指に挟んだタイトなパンツをはいたフランス人男性、そして騒がしいアメリカ人の素っ気ない名前、ネートを思い出すだろう。世界のスキーエリアであればどこでも見かけるものだが、ここノルウェーではナルヴィックにしか存在しない。それが、ゴンドラだ。1902年以来、ナルヴィックは山関連のものを人々に提供してきたが、ナルヴィックのゴンドラは1957年に人々を山に運び始めた。この年からナルヴィックのアピールポイントが変わったのである。

1996年にゴンドラはアップグレードされた。この雑誌の写真を見てナルヴィックに行きたくなったら、 ゴンドラは1957年からアップグレードされる前まで、塗装も変えずに潤滑油を使って走り続けていたということを覚えておいてほしい。ゴンドラは、オフォートフィヨルドの水上700mの高さまであなたを運び、線路、港、鉄鉱を積んだ船舶を眼下に見ながら進んでいく。とても気分がいいゴンドラだが、幸福だった80年代、まだ誰もモミアゲを伸ばしていなかった時代、ナルヴィックではさらに高い山までゴンドラを開通させる決議が下る。

その結果、どうなったか?リンケンまでのチェアリフトをつくったのだ。海抜1,003mまでこのリフトで登れるようになり、入り江に浮かぶ船は2まわり縮小したサイズに見え、まるでおもちゃのようだ。そして、ムルクホッラと呼ばれる巨大なボウル状(ビョルンソンもこの外国語を承認しただろう)の穴ができた。この穴は、標1,272mのトレディエトッペンの山頂への3番目の近道となった。そしていま、チェアリフトは順調に稼働している。

2013年、私は4月を選んだ。なぜならMr.モミアゲがこう記したからだ。「嵐が吹き、苦しめる。なぜなら、笑い、祝福するからだ。それは、力を追放するのだ。それに所有するのだ」。ナルヴィックは天候の変化が激しい。だから、日が長くなる4月に行くのをおすすめする。朝の嵐?チェアリフトが動いてないって?

夕刻まで、
あるいは次の日まで待つことだ。
ここには雪があるし、
日中の光も美しい。

2014年の4月、ここに来ることだ。

Norrøna Magazine